ある日、このホームページを見て、ひとりの女性がぼくを訪ねてきてくれた。
「清志郎さんの写真集、つくりたいんです」
有能な編集者である彼女は、ぼくに、清志郎への長年の思いを語ってくれた。その彼女の気持ちは、ぼくにとっても、違和感のあるものではなかった。
「清志郎がいいと言ったら」と、ぼくは答えた。
それから数週間後。
決心はしたものの、ずっと開けていなかった押入から過去のネガをひっぱり出し、暗室で焼き直すのは、思っていた以上にたいへんな作業だった。
単に、物理的な意味ではなくて、精神的にだ。
昔の写真は恥ずかしい。
覚悟はしていたが、一枚や二枚の色あせたプリントを並べてみるのではなく、大量に昔の写真を焼いていると、自分の下手さに冷や汗が出る。
実験的な方法でも試してみようとでもしたのか、1ライブのフィルム数本分まるまるブレていて、一枚も使い物にならないものもある。
がむしゃらに撮っていた。
その情熱には自信があった。撮らずにはいられなかった。
音の聴こえてくるような写真を撮ってやると思っていた。でも、そこには、センスはともかく、技術があまりにも伴っていない。無我夢中の愛情をぶつけて、いま思うと、滑稽ですらあるかもしれない。
それでも、手を止めなかったのは、その恥ずかしさの中で、清志郎のことを考えたからだった。
この写真集の話を、出版社の人が事務所に持っていったとき、清志郎はためらわず承諾したと聞いた。
その懐の深さを思ったら、ぼくの恥ずかしさなんて、なにほどでもなかった。